オンライン大三千世界(FF14と信on)と現実の世界を飛び回るブログです。FF14と信on両方の人とお友達になれたらと思います。

# ジャンヌ・ダルク研究センターを探して~ジャンヌを巡る旅・最終日2~

2度目のオルレアンに到着した頃には、もうお昼を過ぎていました。
もうあまり時間はありません。
街並み
この中から、私は今日の目的のジャンヌ・ダルク研究センター」を探し出さなくてはいけません。

頼りにできるのは、日本から持ってきた愛読書、三木宮彦先生の「ジャンヌを旅する」だけです。
普通の「地球の歩き方」というガイドブックも持っていっていたのですが、マイナーすぎる施設なのでしょうか?
掲載されていませんでした。

先生の本には、簡単な地図が乗っていました。
今はそれだけが頼りです。
このどこか
オルレアンの街は終始こんな感じで、看板を見ていてもフランス語のできない人には、ぱっとすぐには何の建物か解らないようになっています。

まずは、1日目にも立ち寄ったサント・クロワ大聖堂に向かいます。
目印がてら、中に入ってお祈りをします。
サント・クロワ
この頃になると、私は、立ち寄った大聖堂では他の信者さんの邪魔にならないようにしながらお祈りをするのが常になっていました。
キリスト教に目覚めた、とか、そういうお話ではありません。
ただ、とても心が安らいで、お祈りする時間がとても尊く感じられるようになったのです。
こればかりは、私も意外な変化でした。
きっと、自分ではない何かを尊び、畏れる感覚というのは、人にとってとても大切で欠かせない物なのではないかと今でも思います。

お祈りを終え、捜索を再開します。
地図では、この大聖堂の正面通りに沿って歩けばあるはずなのです。
正直な所、そんなに難しいとは思っていませんでした。

でも、それらしい看板や建物を見つけることがどうしてもできません。
通り過ぎてしまったのでしょうか?
もう一度引き返して、注意深く通りの数や建物を数えていきます。
一応住所も解っています。
建物の数を間違わなかったら、きっと・・・

その時、私の前に何の飾り気も無い扉がひとつ現れました。
閉ざされた扉
もしかして・・・・?

その横に目立たない色で石板(というのでしょうか?)がありました。
石板
たどたどしく読んでいきます。

「せ・・・せんとれ?ジャンヌ・ダルク?」

もしかして、ここが??


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↓きょろきょろと古い本を片手に探している私は、怪しい東洋人だったかもしれませんね。
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# 処刑裁判の決め手~ジャンヌを巡る旅・番外編9~

昨日、長谷川ナーサさんからジャンヌの処刑裁判時の取引についてご質問頂きました。
好きなことで、意見を求めて頂けるのは、とてもとても嬉しい事なので、なるべくしっかりお答えしようと書いていたのですが、思ったより長くなってしまいました。
そこで、いっそのこと、と思いまして記事としてまとめてみました。
よろしければ、ご一読ください^^

長谷川さんからのご質問は、以下のようなものになります。
「私が以前に見た記録映画でのことですが「ジャンヌ・ダルク」は判決の際に
(○○をかを認めるか?)と言った質問を受けてました。
(これは「神」、だったか「自分の罪」だったか・・多分そのような趣旨の質問だったと思いますが(汗)) 曖昧ですみません。
認めれば一切の事柄を水に流して無罪放免にしようと言われていました、でもジャンヌ・ダルクはそれを認めずに火刑にされてしまったわけですが。
あくまでもフィクションな記録映画だったので本当なのか謎です、この下りがあったのは事実なのでしょうか?
もしご存知でしたら教えてください^^」


私も、結構ジャンヌに関する映像作品は鑑賞したと思うのですが、どの作品か解りません。
ですので、あっているかどうかは解りませんが、ちょっと考えてみました。

ノートルダム大聖堂(ルーアン)

実際の裁判は五か月に渡るもので、沢山の取引も持ちかけられました。
例えば、拷問器具を見せて脅して、教会に服従するように迫ったり、逆に偽りの味方を差し向けて、命乞いをさせようとしたり。

ですが、判決を決定づけたもの、というとおそらく裁判終盤の「ジャンヌ改悛の書状」という書類をモデルにしていると思います。
これは、簡単にいうと「私は、神様の教えを破り、悪い事をたくさんしました。今後は悔い改めます。」という内容です。(実際はすごく長い文章で以下に自分が悪を働いたかということがたくさん書いてあります。)
その記録映画とは違って、実際のジャンヌはこれを認めてサインしてしまいます。

ジャンヌの塔

これにはからくりがありました。
ジャンヌは文盲で誓約書の内容が解りませんでした。
教会側は、偽りの文章を読んで聞かせてジャンヌにサインをさせたのです。

25年後の復権裁判の時に、こういう証言があります。
証言したのはジャンヌにこのサインを書かせたジャン・マシュウという法廷執行史です。

「ジャンヌに6、7行程度の『教会の決定、判断、命令に従います』という書類を読んて聞かせました。サインしないと火あぶりにされると聞かされて、ジャンヌはサインをしました。しかし、ジャンヌがサインした書類を見てみると、明らかに私が読み聞かせた書類とは別の書類にすり替えられていました。」

つまり、ジャンヌは騙されて自分の罪を認める書類にサインしてしまったのです。

当時、火刑に処されるのは「戻り異端」つまり、この改悛の誓いを立てた後、さらに異端者としての行動を取った者だけでした。
この後、ジャンヌはさらに罠に掛けられて男性の服を身にまとってしまいます。
これによって戻り異端とされて、5月30日にジャンヌは教会から破門され、世俗の裁きを受けるという名目で火刑に処されます。
実際には、破門された後には、世俗の裁判があるべきだったのですが、それらは省略されて、すぐに火刑に処されました。

火刑に処されるジャンヌ

ジャンヌは、長い裁判の間、弁護人もつけられていない状況で1人よく戦いました。
(当時としても弁護人が付いていない裁判は正式とは認められないものでした。)
その間、口頭では一度も教会側はジャンヌを言い負かすことができませんでしたし、取引も、罪を認めさせることも、出来ませんでした。
そのため、このようなだまし討ちで裁かれたのだと思います。
ジャンヌ像・グロロ邸玄関

おそらく長谷川さんの見られた映画は、裁判も立派に戦い抜いたジャンヌの姿を短い時間の中に表現しようとして、そのような構成になったのだと思います。
場面が違うので、厳密には史実では無いかもしれませんが、その裁判の本質を映画にしようとしたらそうせざるを得なかったのでしょう。

私も、その映画を(もしかしたら見たこともあるかもしれませんが)観てみたいと思いました^^


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↓でも、どの作品も火刑のシーンまで来るとやっぱり落ち込んでしまいます。
フィクションでも、助かって生き延びるラストが良いです^^
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# もう一度オルレアンへ~ジャンヌを巡る旅・最終日1~

2015年7月15日、晴れ。

私のジャンヌ・ダルクを巡る旅も今日が最終日です。

明日には、日本に帰国しないといけません。

観光に使えるのは今日が最後です。


一分一秒を惜しんでジャンヌ・ダルクの史跡に向かいたい所ですが、今日はもう1つのミッションがあります。

それは、日本の家族や周りの人にお土産を買う事です。

自分の物はジャンヌ像以外殆ど買っていませんが、これは欠かせません。

私がこうして、好きに旅行出来るのも、家族や周りの方あっての事です。

感謝の気持ちを少しでも伝えられたら良いのですが。


お土産を購入するために、朝からパリを駆け巡ります。
ある程度お店は目星を付けていましたので、効率良く回ります。
移動はメトロと歩きです。
毎日乗っていたので、もうメトロの乗り方には迷いません。
複雑な路線図もなんとか読みこなして、乗り継ぎの関係上、歩いた方が早い場所では、地上を歩いてショートカットしたりもできます。


チョコレートやワイン、マカロンにジャム等々、目的の物を購入した頃には、お昼に近くなっていました。
 
それらをホテルに一度戻って部屋に置いて、もう一度飛び出ます。
これで、思う存分オルレアンに向かうことが出来ます。

オルレアンまでは、パリからTGVで1時間くらいでいけます。
一度行った所なので、迷わずに到着できました。

私は、もう一度あのオルレアンの地に立ったのです。
オルレアンの町並み

最終日に、オルレアンに来たのは理由があります。
実は1度目で訪れることのできなかった施設を探していたからです。

その施設を私は、何度も読み返した一冊、三木宮彦さんの「ジャンヌを旅する」で知りました。


その施設はジャンヌ・ダルク研究センター」と言います。


そこには、 ジャンヌ・ダルクをテーマにした図書、ポスター、イラスト、写真、工芸品が世界中から集められていて、ジャンヌを研究する人なら誰でも利用できるのだそうです。
いわば、ジャンヌを知りたい人にとっての聖地です。

私は、この本を読んだ時から、一度訪れてみたい、と思っていたのですが、1度目の訪問時にどうしても見つけることが出来なかったのです。
信号

ここかな?という所はあったのですが、その建物の扉は固く閉ざされてしまっていました。

スマホが無くて、ネット環境も無く、英語もフランス語も出来ない私は、それ以上調べることが出来ず、一度目訪問時は断念したのですが、今日こそは、と意気込んでオルレアンの町の中を地図片手に探し始めました。



私は、なんとかこの現代でジャンヌの事を後世に伝えようとしている方々とお会いしてみたくなったのです。
裏道

上手く見つけることが出来ると良いのですが。


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↓やはり旅行する時には情報はとても大切です。
下調べの大切さを痛感しました。
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# ジャンヌ・ダルクの指輪

昨年の3月、私にとっての大ニュースをネットで見かけました。
私の大好きなジャンヌ・ダルクの指輪が発見された、というニュースです。



私の知る限り、ジャンヌが身に着けていたもので現存するものはありません。

これが本当だとしたら、大ニュースです。その指輪は、フランスのある財団がオークションで競り勝ち、ナント市にあるようです。

しかし、それが偽物である、という声もあるようです。

専門家の方々が話される学説には及びもつかないのでしょうが、私もどうしても気になって色々調べています。

しかし、ひとつの事をより知りたいと思うと、沢山の事を調べないと辿りつけない気がします。

その事象を取り巻く色々は繋がっていて、

歴史を学ぶということは、その繋がりをも学ぶという事のような気がしています。

なんだか、難しい文章になってきました。

でも、何かを知りたいという欲求を追いかけられるのは、とても幸せな事だと感じています。

いつか、これで知り得た事や、観じたこともまし何かの形で文章化できたら、と思います。

↓これは、一昨年結構話題になったニュースなので、ご存知の方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?

この件はもうすこし深く掘り下げてみたいと思います。

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# 夜のエッフェル塔と、最終日に向かっての思索~ジャンヌを巡る旅5日目・11~

こうして、私のジャンヌを巡る旅の5日目が終了しました。
食事を終えて宿に戻り、しばらくした頃、遅いパリの夜がやってきます。

今回の旅は、ジャンヌ一色なので、いつも早朝にパリを飛びだしてしまい、パリは全く観光できていません。
明後日の朝には帰国の途に就きます。私の旅も観光に使えるのは明日だけです。
明日は、予備日として行き先を決めていませんでした。
旅の予定がうまくいかなかったとき、明日の6日目をそれに充てようと思っていたのです。
とかし、スマホが壊れたり、カードが使えなくなったり、色々なアクシデントに見舞われた私の旅も、結果としてみれば順調に目的地を回ることができました。

いったい、明日はどこに行きましょう?

思案しながら、私は少しお散歩をしてみることにしました。
今になってよく考えたら、夜一人で出歩くものではありません。軽率だったと思います。
でも、ちょっと旅の終わりを間近に控えて少し感傷的になっていたのかもしれません。

いつもパリを早朝に飛び出て、くたくたになって帰ってきていたので、私はほとんどパリを見て回っていません。
せめて、有名なエッフェル塔くらいは見ておこうと思い、歩いて向かってみました。

流石に巨大な塔で、迷うこともありません。
考えながら歩くのには最適です。

大きな電光看板が迎えてくれます。
ウェルカム
エッフェル塔の近くは観光客で賑わっています。

夜のエッフェル塔は、大きく、美しく、その造形の隅々にまで見とれてしまいました。
エッフェル塔

エッフェル塔を真下から見た写真って、見たことありますか?
エッフェル下から
まるで、不思議な世界を覗き見るような、おかしな錯覚すら覚えます。

エッフェル塔の完成は1889年3月31日年です。
それから、ずっとパリと歴史を共にしてきました。
万博を見て、解体の危機にもさらされ、軍事、気象、化学実験の発展に大いに貢献しました。
もちろん世界大戦も経験しました。
あのアドルフ・ヒトラーがパリを占領してエッフェル塔に登ろうとしたらエレベータが壊れてしまい、歩いて登らされた。なんてエピソードもあります。

私は、歴史が大好きです。
歴史自体も大好きですが、それよりも
歴史が今に伝わっているという事は、大切に後世に伝えようとした誰かが居る、ということに心が動きます。

ある奈良のお寺のお坊さんが言いました。
「あなたの前に、この塔があるのはなんでや?(関西弁でした。)
戦争もあった。火事もあった。周りはみーんな焼けた。
自然とこれだけ残る訳やない。誰かが、残そうとして守ったんや。」


1日目で訪れたランスの大聖堂で迎えてくれた微笑む天使像を思い出しました。
微笑む天使
この像も世界大戦の折、爆撃を受けて大きく破損したのだそうです。
砕けてしまった頭部の破片を、焼け落ちる寺院で必死で拾い集めた僧侶が居たそうです。
その破片から、今日の像が復元されたのだそうです。

全てのものは誰かが残そうとしてそこにあって、また誰かが後世に引き継ぐのだと思います。
きっとこの世界の歴史は、そうやって伝わっていくのでしょう。

この旅で、各地を回って多くの方の親切に助けて頂きました。
本当に、本当に、フランスは親切で温かい国です。
その人たちが自国の歴史を大切にして、後世に伝えようとしているのも感じました。

エッフェル塔のライトアップの時間も終わります。
毎時00分と、ライトアップが終わる前に、エッフェル塔は違う輝きをみせます。
全身に設置されたライトが、きらきらとまぶしく輝くのです。
またたき
まるで、「はい、今日はもうおしまい!」と言うように挨拶して、エッフェル塔も眠りにつきます。

私は、そこで明日の最終日の目的地を決めました。
明日は、ジャンヌ・ダルクの歴史を現代に伝えようとされている方々となんとかコミュニケーションをとってみる事にします。
その場所は、ジャンヌが救い、そのことをずっと忘れずに現代にまで延々と伝え続けてきたあの都市です。
私は、もう一度オルレアンに行ってみることにしました。


<<まとめページにもどります。>>


↓夜のエッフェル塔は、本当に時間を忘れて見惚れてしまいました。
これも世界遺産、人類の歴史の産物です。
歴史って、本当に楽しいと思います。
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Author:神島真生
信長の野望Onlineで遊んでいます。
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