オンライン大三千世界(FF14と信on)と現実の世界を飛び回るブログです。FF14と信on両方の人とお友達になれたらと思います。

# パリのジャンヌ・ダルク教会~ジャンヌを巡る旅・最終日5~

オルレアンを出て、再度パリに戻ってきました。
少し余裕を持って帰ってきたので、ちょっとだけ時間があります。

私は、パリの中で気になっていた場所に向かうことにしました。
その名も、ストレートにジャンヌ・ダルク教会です。

ジャンヌは、生前一度もパリに入った事がありません。
当時パリは首都でありながら、既に敵勢力に占領されていました。

ジャンヌはパリを奪還しようと力を尽くしましたが、様々な要因が原因でそれは失敗に終わっています。
ですが、パリの中には様々な「ジャンヌ・ダルク」を冠した建造物や教会、銅像があります。
ここもそのうちのひとつです。

教会は大きな通りに面してあります。
ですが、ここの通りはあまり治安が良くありません。
徒歩で行くのは絶対にお勧めできません。
もし興味を持たれた方がいらっしゃっても、タクシーなど何か別の手段を考えるべきです。

この教会は、ちょっと不思議な、武骨な感じのするデザインになっています。
ジャンヌ・ダルク教会

入り口隣には大きな看板があります。
教会看板

残念ながら閉まっていて入れなかったのですが、教会というよりも、中世の要塞かお城みたいなそのデザインに少し見とれます。

そして、目を引くのは入り口横の立派なジャンヌ像です。
ジャンヌ像1
等身大くらいの立派な像です。
これは、どなたの作品でしょうか。
時々見るデザインですが、まだ調べられずにいます。
近代のデザインのような気がします。

じっくりと見ていたかったのですが、あまり安心できる場所ではありません。
私も早々に立ち去ることにしました。

中継地点のパリの駅に辿り着いた時には、もう薄暗くなってきていました。
ちょっと感傷的になってしまいます。
パリの駅

長いようで、あっという間だった私のフランスの旅も、これでおしまいです。
今夜は宿に戻って、荷物を纏めて、明日の朝にはチェックアウトしないといけません。
全力で楽しんだと思いますが、それでもこの素晴らしい旅をもっと続けたい、という欲が心の底から溢れて出てきました。

初日にスマートフォンとカードが使えなくなった時、
電車で、間違って知らない駅に降りて右も左も解らなくなった時、
土地勘も、調べる手段もないまま、自転車で道に迷ったり、
ドンレミ村に向かう手段が無くて、困っていた時も、
妖精の木の前で、感情が抑えられなくなってしまった時も、
ルーアンのレストランでも、オルレアンの博物館でも、

どんな時も、優しいフランスの方々が、手を差し伸べてくださいました。
昨今の悲しいニュースを聞く度に、強い憤りを感じます。
あそこに住む優しい人たちが、あんな悲しい目に合わなくてはならない現実には、いつも悲しみしかありません。

本当に、本当に、実りが多くて楽しい旅でした。
私は、「あー、楽しかった」とこの旅を振り返りながら、この旅最後の夜を過ごしました。

そう、旅が終わったつもりでいました。
でも、旅というのは自宅に戻るまでを指します。

このトラブル続きの旅行で、最後の最後に気を抜いてしまったせいでしょうか?
帰りも、なかなかのトラブル続きだったのです。

という訳で、あとちょっとだけ続きます。


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↓本当に楽しい旅でした。
でも、数日間の旅で私も結構疲労しています。
帰路もなかなか忘れられない出会いがありました。
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# オルレアン歴史・考古博物館~ジャンヌを巡る旅・最終日4~

スタッフの女性に案内されて、私は旧カビュ邸で現オルレアン歴史・考古博物館の中に立ち入りました。
カビユてい
この施設は普通に公開されているものです。もちろんちゃんと入場料もお支払いしました。

とても古い建物で、庭には昔の建造物の一部なども保管されています。
扉

そして中には、館が所有している歴史的な所有物が所狭しとおかれていました。
女性は、この中の一室に案内してくれました。
そこには、ジャンヌ・ダルクの特別室が設けられていて、ジャンヌ・ダルク好きの私も見たことのない資料や展示物が沢山広がっていたのでした。

目移りしてキョロキョロしている私をみて、スタッフの方は

「フラッシュを焚かなければ写真を撮っても良いですよ」

と教えてくれます。(実際にはとても簡単な英語ですが、身振り手振りと満面の笑みをみてるとそんな優しい言葉に聞こえました。)

私は、この貴重な資料を全部写真に収めよう、と張り切りました。
そんな姿をみて、彼女は展示室の照明を、写真が撮りやすいように少し明るくしてくれました。
とてもありがたいお心遣いです。

張り切り過ぎて、ブレてしまったり上手に撮れなかった写真も多かったのですが、その一部をご紹介いたします。

これは、ジャンヌの立像です。
立像16世紀ごろ
服装からしてたぶん16世紀頃、彼女の死後ずいぶん経って作られたものだと思います。
実際にはこういう服装はしてなかったと思います。
この服装が流行したのが16世紀頃で、その頃につくられた像はだいたいこんな服装になったりします。

こちらは、19世紀に作られた、農民時代のジャンヌの像です。
この像は、フランスの各地で見ることがでる、結構メジャーなデザインの像になります。
立像不明
像の説明文も写真で撮っているのですが、まだちゃんと翻訳できていません。
いずれ挑戦してみようと思います。

こちらは絵画です。
絵画
これは、シノン城でシャルル王太子と謁見している所を描いたものです。
ジャンヌの右上方に薄く白い靄がかかって見えるのは、神様の奇跡を表しているのでしょうか?

こちらは、もう少し遡って13歳の時に神様の声を聞いた時の絵画になります。
こちらはもっとはっきり天使様の姿が見えます。
ドンレミの少女
声に怯えている感じが良く出ていると思います。

他にも中世から近代にかけての、主に彫刻と絵画の資料が沢山展示されていました。
他に来場者の姿は無くて、私はしばらくの間、スタッフの女性のご厚意に甘えて、そこで至福の時間を過ごしたのでした。

念入りに、私にできる範囲の言葉で御礼を述べて、その場所を後にしました。
彼女は、よほど私の地図読みが不安だったのか、建物を出て、通りを1つ曲がってもついてきて見送ってくれました。
やっぱりフランスの方々はとても親切です。
もし私が帰国して、フランスの方にお会いする機会があれば、絶対このご恩をお返ししようと思いました。

もし仮に、私が日本にいたとして、外国の方が日本の歴史を学びに来られたら、やはり嬉しく思うと思います。
彼女が私に親切にしてくださるのは、そんな理由からでしょうか?
自分が大好きな歴史という遺産を、未来に繋げるお仕事をされている人たちを見て、私はこの旅で漠然と感じていたを強く感じました。

歴史の事をもっと深く知りたいです。
そして、適うならその学んだことを、また後の誰かに伝えてみたいです。
私は、その時に強く心に感じました。


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↓じゃあ、今、思った通り勉強できているか、というとなかなかそう思い通りにはいかないのですが、
それでも、こんな気持ちに気が付けただけでも、大きな収穫だったと思います。
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# 開かなかった扉と、偶然の出会い~ジャンヌを巡る旅・最終日3~


私は旅の最終日、オルレアンで「ジャンヌ・ダルク研究センター」を探しています。

日本から持ってきた愛読書、三木宮彦先生の「ジャンヌを旅する」という本を手に街の中を探し歩いて、ついにそれらしい扉を見つけました。
閉ざされた扉

すぐ傍の石板に刻まれた文字からもジャンヌ・ダルク関連の建物であるのは間違いなさそうです。
石板

私は、勇気をだして扉を叩きました。




返事がありません。
そっと、扉に力をかけて押してみました。



残念ながら、閉まっていました。
押しても引いても開きません。

もしかして、お休みでしょうか??
そんな・・・・ここまで来て・・・・

途方に暮れて、つい、扉の前てしばらく立ち尽くし、本の中の地図とあたりを見比べていました。
この旅で、私は色々と予想外の事態に出会いながらも、目的の物に必ず辿り着いていました。
でも、流石に今回は難しそうです。
肩を落としていたその時、、、

1人の女性に話しかけられました。
どうやら、何か探しているのか?と聞いているようです。
私は、ちょっと戸惑いながら本を開いて場所を指し示してくれました。

彼女は、その本を見て首を振り、別の地点を指さします。
それは、ジャンヌの家と呼ばれた、先日訪れた施設の位置でした。
私は、訳が分からずに首をと手を振って「のーのー」と答えます。
言葉が解らないのがとても残念でした。

しばらく筆談とガイドブックのフランス語の例文集を組み合わせてお話してみて、どうやら推測できたことがあります。

「ジャンヌ・ダルク研究センター」は、この位置には無いようです。

ここから先は、日本に戻ってから調べたことになります。
「ジャンヌ・ダルク研究センター」は、先ほどのジャンヌの家の2階に移転してしまったのです。
私の持っていた三木宮彦先生の本は古く、その移転前の位置が記載されていたのです。
そして、今のジャンヌの家の2階のその施設は、入るのに予約が必要なのでした。
これは、私の下調べ不足でした。

しかし、がっかりしている私をみて、その女性は、少し微笑んでもう一か所の地点を指さして示しました。
今いるところから、通り2つほどのその施設は、「オルレアン歴史・考古博物館」と書かれていました。

どうやら女性は、そこをお勧めしてくれているようです。
せっかくなので、お勧めに従い、そこを訪れてみることにしました。

御礼を言って、地図と見比べて、そこに向かおうとすると、一緒に着いてきてくれます。

「??」

いぶかしげに思いましたが、どうやら案内してくださるようです。
通り二本とはいえ、とても親切です。
ちょっと心配になりましたが、大通りなのと親切そうな方だったのでそのまま一緒に向かいました。

オルレアン歴史・考古博物館にはすぐに到着しました。
カビユてい

案内してくれた女性は、扉を開けて中のもう一人の女性と何かお話しています。
この直後に解った事なのですが、彼女はこのスタッフの1人だったようです。

彼女は、私を中に案内してくださいました。

ジャンヌ・ダルク研究センターに、私は訪れることが出来ませんでした。
しかし、この場所に連れてきてくださった偶然の幸運に私は今もとても感謝しています。
中での出来事は、夢のような時間でした。


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↓記事を書いてみても、こんな幸運があって良いのか、と思います。
もしかした、手に持っていた三木宮彦先生の「ジャンヌを旅する」に導かれたのかもしれません。
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# ジャンヌ・ダルク研究センターを探して~ジャンヌを巡る旅・最終日2~

2度目のオルレアンに到着した頃には、もうお昼を過ぎていました。
もうあまり時間はありません。
街並み
この中から、私は今日の目的のジャンヌ・ダルク研究センター」を探し出さなくてはいけません。

頼りにできるのは、日本から持ってきた愛読書、三木宮彦先生の「ジャンヌを旅する」だけです。
普通の「地球の歩き方」というガイドブックも持っていっていたのですが、マイナーすぎる施設なのでしょうか?
掲載されていませんでした。

先生の本には、簡単な地図が乗っていました。
今はそれだけが頼りです。
このどこか
オルレアンの街は終始こんな感じで、看板を見ていてもフランス語のできない人には、ぱっとすぐには何の建物か解らないようになっています。

まずは、1日目にも立ち寄ったサント・クロワ大聖堂に向かいます。
目印がてら、中に入ってお祈りをします。
サント・クロワ
この頃になると、私は、立ち寄った大聖堂では他の信者さんの邪魔にならないようにしながらお祈りをするのが常になっていました。
キリスト教に目覚めた、とか、そういうお話ではありません。
ただ、とても心が安らいで、お祈りする時間がとても尊く感じられるようになったのです。
こればかりは、私も意外な変化でした。
きっと、自分ではない何かを尊び、畏れる感覚というのは、人にとってとても大切で欠かせない物なのではないかと今でも思います。

お祈りを終え、捜索を再開します。
地図では、この大聖堂の正面通りに沿って歩けばあるはずなのです。
正直な所、そんなに難しいとは思っていませんでした。

でも、それらしい看板や建物を見つけることがどうしてもできません。
通り過ぎてしまったのでしょうか?
もう一度引き返して、注意深く通りの数や建物を数えていきます。
一応住所も解っています。
建物の数を間違わなかったら、きっと・・・

その時、私の前に何の飾り気も無い扉がひとつ現れました。
閉ざされた扉
もしかして・・・・?

その横に目立たない色で石板(というのでしょうか?)がありました。
石板
たどたどしく読んでいきます。

「せ・・・せんとれ?ジャンヌ・ダルク?」

もしかして、ここが??


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↓きょろきょろと古い本を片手に探している私は、怪しい東洋人だったかもしれませんね。
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# 処刑裁判の決め手~ジャンヌを巡る旅・番外編9~

昨日、長谷川ナーサさんからジャンヌの処刑裁判時の取引についてご質問頂きました。
好きなことで、意見を求めて頂けるのは、とてもとても嬉しい事なので、なるべくしっかりお答えしようと書いていたのですが、思ったより長くなってしまいました。
そこで、いっそのこと、と思いまして記事としてまとめてみました。
よろしければ、ご一読ください^^

長谷川さんからのご質問は、以下のようなものになります。
「私が以前に見た記録映画でのことですが「ジャンヌ・ダルク」は判決の際に
(○○をかを認めるか?)と言った質問を受けてました。
(これは「神」、だったか「自分の罪」だったか・・多分そのような趣旨の質問だったと思いますが(汗)) 曖昧ですみません。
認めれば一切の事柄を水に流して無罪放免にしようと言われていました、でもジャンヌ・ダルクはそれを認めずに火刑にされてしまったわけですが。
あくまでもフィクションな記録映画だったので本当なのか謎です、この下りがあったのは事実なのでしょうか?
もしご存知でしたら教えてください^^」


私も、結構ジャンヌに関する映像作品は鑑賞したと思うのですが、どの作品か解りません。
ですので、あっているかどうかは解りませんが、ちょっと考えてみました。

ノートルダム大聖堂(ルーアン)

実際の裁判は五か月に渡るもので、沢山の取引も持ちかけられました。
例えば、拷問器具を見せて脅して、教会に服従するように迫ったり、逆に偽りの味方を差し向けて、命乞いをさせようとしたり。

ですが、判決を決定づけたもの、というとおそらく裁判終盤の「ジャンヌ改悛の書状」という書類をモデルにしていると思います。
これは、簡単にいうと「私は、神様の教えを破り、悪い事をたくさんしました。今後は悔い改めます。」という内容です。(実際はすごく長い文章で以下に自分が悪を働いたかということがたくさん書いてあります。)
その記録映画とは違って、実際のジャンヌはこれを認めてサインしてしまいます。

ジャンヌの塔

これにはからくりがありました。
ジャンヌは文盲で誓約書の内容が解りませんでした。
教会側は、偽りの文章を読んで聞かせてジャンヌにサインをさせたのです。

25年後の復権裁判の時に、こういう証言があります。
証言したのはジャンヌにこのサインを書かせたジャン・マシュウという法廷執行史です。

「ジャンヌに6、7行程度の『教会の決定、判断、命令に従います』という書類を読んて聞かせました。サインしないと火あぶりにされると聞かされて、ジャンヌはサインをしました。しかし、ジャンヌがサインした書類を見てみると、明らかに私が読み聞かせた書類とは別の書類にすり替えられていました。」

つまり、ジャンヌは騙されて自分の罪を認める書類にサインしてしまったのです。

当時、火刑に処されるのは「戻り異端」つまり、この改悛の誓いを立てた後、さらに異端者としての行動を取った者だけでした。
この後、ジャンヌはさらに罠に掛けられて男性の服を身にまとってしまいます。
これによって戻り異端とされて、5月30日にジャンヌは教会から破門され、世俗の裁きを受けるという名目で火刑に処されます。
実際には、破門された後には、世俗の裁判があるべきだったのですが、それらは省略されて、すぐに火刑に処されました。

火刑に処されるジャンヌ

ジャンヌは、長い裁判の間、弁護人もつけられていない状況で1人よく戦いました。
(当時としても弁護人が付いていない裁判は正式とは認められないものでした。)
その間、口頭では一度も教会側はジャンヌを言い負かすことができませんでしたし、取引も、罪を認めさせることも、出来ませんでした。
そのため、このようなだまし討ちで裁かれたのだと思います。
ジャンヌ像・グロロ邸玄関

おそらく長谷川さんの見られた映画は、裁判も立派に戦い抜いたジャンヌの姿を短い時間の中に表現しようとして、そのような構成になったのだと思います。
場面が違うので、厳密には史実では無いかもしれませんが、その裁判の本質を映画にしようとしたらそうせざるを得なかったのでしょう。

私も、その映画を(もしかしたら見たこともあるかもしれませんが)観てみたいと思いました^^


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↓でも、どの作品も火刑のシーンまで来るとやっぱり落ち込んでしまいます。
フィクションでも、助かって生き延びるラストが良いです^^
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Author:神島真生
信長の野望Onlineで遊んでいます。
あと、歴史、特にフランスのジャンヌ・ダルクがとても好きです。
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