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サン・ドニを目指して~続・ジャンヌを巡る旅・1日目~


パリに到着し、ホテルに荷物を預けた後は早速動き始めます。
前回の旅では、ホテルに荷物を預かってもらうのにも四苦八苦していました。
しかし今回はスマートフォンの翻訳アプリがあります。
前回の苦労が嘘みたいにコミュニケーションが取れます。
文明の利器とは本当に偉大だと思う反面、ちょっと物足りないかも?等と贅沢な事を思いました。

準備を整えて向かう先は、当然ジャンヌ・ダルク縁の地です。
到着当日に向かうのは、パリ北部郊外のサン・ドニという地域です。


当時のサン・ドニ
ジャンヌがサン・ドニを訪れたのは1429年8月26日、オルレアンを解放し、ランスの大聖堂で王太子の戴冠式を終えて1か月と少し過ぎた頃になります。
この当時、パリは国王シャルル7世らアルマニャック派と対立しているブルゴーニュ派と、イングランド軍との同盟軍に占領されていました。
ジャンヌはパリを武力によって取り戻そうとしました。
サン・ドニはその時にジャンヌが滞在した場所になります。
また、そのサン・ドニの中心地にある大聖堂はフランスの王族が何世紀にもわたって埋葬されてきた場所でもあります。
ジャンヌファンならずとも一度は訪れたい場所なのです。

しかし、ここを訪れるには問題があります。
この地域は、お世辞にも治安が良い地域とは言えないみたいなのです。

前回の旅では日程上サン・ドニに行けそうな時間が夜しかありませんでした。
そんな危ない地域に、遅い時間1人で行く勇気は、とてもありませんでした。(それは勇気ではなく無謀というのかもしれません。)

しかし、サン・ドニは切り捨ててしまうのも勿体ない見所満載の場所です。
そこで、今回はパリでちゃんと時間をとって、昼間の時間に訪問することにしました。
道に迷ったりするのが一番危険なので、下調べもここは特に念入りにしておきました。
それでも後日、私は1人のフランス人女性からこの時のことを「それはとても危険な事よ?行って欲しくはなかった。」と叱られる事になります。
ですので、私も無条件にこの場所をお勧めすることはできません。
訪問される場合は、十分に情報収集と対策を取ってからお願いいたします。

サン・ドニはパリの地下鉄メトロの13番から1本で行けます。
13番は行き先が2種類あってY字型に分岐しています。
乗る時にBasilique de St-Denis行きのメトロであることをしっかり確認する必要があります。
駅を出て左側に道なりに歩いていけば、聖堂は10分もかからない位置にあります。

当日の聖堂近くの広場では市が開いていました。
サンドニ市①
予想以上の混雑です。
好奇心は中に入ってみたいと思いますが、警戒心もあります。

そもそも、移民の人が多いから危ない、という考え方は正しいのでしょうか?
肌の色とか国籍でその人の事を判断するのは良くない事です。
勇気を出して中に入れば、素晴らしい発見や出会いもあることでしょう。
きっと、確率でいえば良い出会いに巡り合う可能性の方が高いのではないかと思います。

でも、やっぱりリスクの事は常に考えないといけません。
やっぱり不慣れな一人旅の者は、避けて通るべき場所はあります。
ガイドブックとか、ネット情報もとても大事です。
その上で、現地を訪れた時の空気とか雰囲気みたいな物も大事にしたいと思います。
ちょっと寄り道してこういう道を歩いてみたい気もしますが、今日は聖堂に真っすぐ向かう事にします。
サンドニの通り

聖堂には迷わずに訪れることができました。
目立つ建物ですし、案内の看板もしっかり出ています。

ここがサン・ドニ大聖堂です。
歴代のフランス王と王族が眠る墓所であり、長いフランス歴史を追いかけられる場所でもあります。
サンドニ大聖堂正面
ジャンヌ・ダルクがここで悔しい思いをした589年後、私はその地に立つことが出来ました。
そして、サン・ドニの大聖堂の中は驚きと感動に満ちていて、ここまで来た事を全く後悔させないだけの価値がありました。
次回は、このフランス歴史の中でも特に重要なサン・ドニ大聖堂の中について詳しくご紹介したいと思います。


<<まとめページにもどります。>>


↓一人でサン・ドニはちょっと冒険しすぎだったかもしれません。
リスクを恐れすぎても何もできませんが、常に考えていきたい問題だとは思います。
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