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ドンレミ村への道のりと親切な駅員さんとの再会について~続・ジャンヌを巡る旅・4日目~

私は早朝のオルレアンで目覚めました。
今日の目的地はジャンヌの生まれ故郷「ドンレミ・ラ・ピュセル」です。
チェックアウトまでの時間を利用して、早朝のオルレアンを散歩します。
早朝のオルレアン
これも現地に泊まらないと出来ない経験です。
ジャンヌもこの朝の空気を感じたのでしょうね。そう思うと、この朝の散歩も特別なものに思います。

オルレアンからドンレミ村はかなりの距離があります。
500~600kmくらいでしょうか。当然移動時間もかかります。

本日の移動の予定は
オルレアンをTGVで9:29発のTGV⇒パリのオーストリッツ駅10:39着⇒地下鉄メトロでパリ東駅まで移動し12:28TGV⇒ナンシー13:58着⇒14:09ヌフシャトー行きのバス⇒15:14ヌフシャトー着、後はタクシーでなんとか!という旅程です。

一番の難関は、ナンシー駅でのバスへの乗り継ぎです。
ナンシーに到着してから乗り継ぎの余裕が11分しかありません。
後続のバスも有るには有りますが、ドンレミ村に到着するのがもっと遅くなってしまいます。
結構厳しいスケジュールです。
ドンレミ村はジャンヌファンにとってどうしても行きたい土地のひとつですが、交通の便は余り良くなく、訪問の難易度はちょっと高めです。

今日は移動に集中しなければ・・・
私は決意を固めてTGVに乗り込みました。
2018TGV.jpg

途中、ナンシー駅でバスの乗り場を探すのに手間取るアクシデントはありましたが、何とかヌフシャトー行のバスに乗る事が出来ました。

昨日、オルレアンでは快晴あったのに、今日は若干曇り気味です。
2018ドンレミ村へ天気はイマイチ
ここまで来たらタイトな乗り継ぎはありませんので若干余裕が出てきます。
ヌフシャトーの後は、野となれ山となれ、タクシーが手配出来なければ最悪は歩くことになります。

実はこの時ヌフシャトーに寄らずに別のバス停からドンレミ村に直行するルートも有りそうだったのでした。
この地域の大きな総合病院が停留所に入っていたのです。総合病院であればタクシーの手配も田舎の駅よりは簡単な気がします。

でも私はヌフシャトーにもお会いしたい方がいました。
それは前回ドンレミ村を訪問した時、ヌフシャトーの駅で私にタクシーを手配して下さった駅員さんです。

私は前回ヌフシャトー駅からドンレミ村までの道のりをノープランで訪問してしまい、ここの駅員さんに助けて貰ってタクシーを呼んでもらって村まで辿り着いたという経緯があります。
当然お礼は行きかえりの両方でお伝えしたのですが、日本に帰ってから家族に「それってチップのお支払をした?」と指摘を受けました。
「業務外での親切な訳だし、そこはチップをお支払いする場面なのでは?」ということでした。

成程、確かに・・・。

当然私は普段チップという習慣が無くて不慣れです。
どんな場面で、どのくらいお支払いするものか解りません。
ここはもう一度お会いして今度こそ失礼の無いようにお礼しないと、と思いました。

ヌフシャトー駅の外観はこんな感じです。
ヌフシャトーの駅
駅員さんの姿を探すと、窓口にいらっしゃいました。
確かに2年前にお世話になった方です。
私はスマホを片手に話かけました。

「お仕事中にすみません。ドンレミ村まで行きたいのですがタクシーを呼んで頂けませんか?」2年前と同じように切り出すと、彼女は嫌な顔一つせずに

「OK。ちょっと待ってね。(タクシーの番号を調べて電話をかけて下さって。)・・・20分くらいで来れるそうよ。」と前回と同じようにテキパキと手配してくださいました。
タクシーを待っている間にもう一度駅員さんにお話しします。

「実は、2年前も同じように助けて頂きました。」
「え?本当に?気が付かなかったわ。」
「実は、その時にちゃんとお礼をしていなくて・・・」
私は女性にそんな事を言ってしまいました。
すると女性は、強く手を振って「要らない、要らない。」と否定されてしまいました。

私はまた間違ってしまったようです。
本当に、チップという文化は加減と場面が難しいです。
女性は、ただただ親切心でずっと対応してくださったのに・・・
私は、安易に行動してしまった事を恥じました。
なんだか彼女の親切心をお金で解決しようとしてしまったみたいで申し訳ない気持ちになりました。

タクシーが到着した時、彼女はそれでも笑顔で、送り出してくださいました。
「良い旅を!」

もし3回目ドンレミ村を訪問する事があれば、その何度目かの親切へのお礼の気持ちとして日本から和菓子か小物等、何か遠慮せずに受け取って頂けそうな物を持て行こうと思います。

そうして私は無事にドンレミ・ラ・ピュセルに到着しました。
2018ドンレミ村到着
ここがジャンヌが産まれ、人生の大半を過ごし、戦場に出て帰郷を熱望しながらついに果たせなかった場所です。

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